真のスピリチュアルとは?ふわスピに逃げるな!物質に捕らわれるな!
スピリチュアルと聞いて皆さんは何を思い浮かべますか?
怪しい?怖い?楽しい?興味ない?超能力?詐欺?宗教?救い?
俺の考えではスピリチュアルは「超化学」だと認知してる
目に見えてないモノの世界が現代において少しずつ解明されていて
それは量子だったり素粒子だったり、あるいはシュレディンガーの猫の様な
哲学で説明されてる(いずれそこも書きます)
とは言え殆どのスピリチュアルは抽象的な表現が多いため、興味のない人にとっては訳わからない言葉で表現されている為に、本来の意味のスピリチュアルから脱線して認識されてるように感じる、かくいう自分も真実に氣付くまではスピリチュアル否定派でした。
「神様が助けてくれる」「祈れば救われる」「信心しなさい」
いやいや、そんな事する暇あったら自分が動いて自分の事は自分でどうにかしろ。
初詣とかなんの意味があんの?、先祖?死んだ人の事なんか関係ないやろ
とまぁ以前の自分は神社には寄り付かない、墓参りにもいかないそんな奴でした。
ところが!ある事がキッカケでそれらが全て覆ってしまった
そのある事に氣付いた時、過去に自分に起こった全ての事に説明がついた
よく言う「雷が落ちた」とはこういう事かと(笑)
目に見える世界が1割、見えない世界が9割
残念ながらこれは真実です。
物質世界で得られる事はたった1割にしか過ぎない、そんな状態で生きてく事は初期装備でラスボスに挑むような苦行です。
成功者や幸福度の高い人たちが信心深かったり、神社参拝やお寺など信仰がある理由がまさに残りの9割の法則を利用してるからに他ならない。
じゃあ神社行って「神様ぁー助けてー」って拝めばいいんでしょ?
んなわけねーじゃん!
っと言うと語弊があるけど、神社参拝などはあくまで一つの手法であって必ずしなければいけない事ではありません。
そんなの興味ないって言ってる人も実はこの目に見えない世界を意識出来てるんだけど、ただそれに氣付けてないだけで実は日常のいたる場面で使っています。
そこで問「あなたには魂があると思いますか?」
こう聞いた時に多くの人は「ある」というでしょう。私に感情があるのは魂があるからだと感覚的に思っているはず、では言い方を変えて質問します。
魂はどこにありますか?
こう聞かれて、心臓とか頭とか色々答えがあるし人によって解釈は千差万別だけど、ここで重要なのは「何処にあるか」ではなく「物質的にはどこにも無い」という事実。
そして何処にもないのに「確かにある」という感覚を多くの人が感じてる事。
つまり魂は見える世界には無く見えない世界に存在してると言う事。
これはあくまで分かりやすい一例に過ぎないけど、こんな感じで目に見えてないけど何かを意識してしまう感覚が非常に大事で、それは日常の中で「氣付き」として現れますが、多くの人がこれに氣付かずに流しています。
そして、これはあくまで何千何万とある知識の小さな1つに過ぎないと言う事。
それほど見えない世界には情報であふれていている。
ではそろそろタイトル回収しますか(笑)
ふわスピは、自分は努力もしないのにただ神に祈り、すがるだけ。
何か悪いことがあると、他人や霊的な世界のせいにして自分を内省できなかったり等
物質に捕らわれる人は、エゴ、傲慢に偏ったり、目先の金、地位が幸せだと勘違い
縁を軽視=他人を軽視して個人主義に陥ってる等
これはあくまで1例でしかなく、双方に言える事はバランスが悪い
だから小さな問題に一喜一憂して本質から遠ざかっていく
そして俺が思う
真のスピリチュアルとは體(からだ)、心、の調和をすること
仏教でも様々な言い方があり、八正道、身口意、などなど。
他にもタオ、サットヴァ、節制、中庸。
本当に正しい事はすべて1つの真理に辿り着く、それを様々な国や時代背景などで言い方が少し変わっただけ神道、仏教、ビジネスマインド、宇宙、は全部繋がってるし、何が良いとか悪いとかそういう事じゃない。
大事なのはそれを知り、かつ自分がどうあるかを問き、実践し、腹に落とす。
そのうえで目に見えない世界の力も借りれば100人力じゃん!って話
あれ?超化学と関係なくない?
これを説明するにはもう少し見えない世界について話さないといけないのでそれはまた次の機会に!最後まで読んでくれてありがとうございました。
ではでは~
